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タイガー・ウッズはオリンピックゴルフ代表選手に選出されるか?

ゴルフ オリンピック

2020TOKYOのゴルフ競技にタイガー・ウッズは参加するだろうか?

2019年10月に千葉県・習志野カントリーで開催されたトーナメントで優勝を飾ったウッズ。

 

インタビューでは東京五輪に出場したいと、はっきり答えていた。

「今度は、東京オリンピックで再会できたら最高だ」

 

2020年8月25日現在のオリンピックランキングでウッズは17位につけている。

ランキング15位以内であれば出場の可能性はかなり高くなる。

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東京オリンピック ゴルフ競技にタイガーウッズが出場する?

男子ゴルフの4大メジャー大会初戦「マスターズ」であのタイガー・ウッズが14年ぶり5度目の復活Vを飾った。

 

最終日の4月14日(日本時間15日)首位に2打差の2位から出たタイガー・ウッズ(米国)は70で回り通算13アンダーで、見事な優勝。

 

過去4回とは違う展開で、今回タイガーは初となる逆転でグリーンジャケットに袖を通したのです。

これで完全復活となれば、2020年の東京オリンピック出場も大いに現実味を帯びることになる。

 

米PGAツアーで交流があり、日本男子のヘッドコーチでもある、丸山茂樹選手もその期待を隠さない。

「このまま突っ走って、東京の霞が関カンツリー倶楽部に来てくれるでしょ」

 

ウッズはマスターズの優勝賞金1150万ドルを加えて、オリンピックゴルフランキングで6位に躍進した。

 

アメリカ選手の中では、第4位につけている。

このままの順位を維持すると、タイガー・ウッズは来年のオリンピックの出場権を得ることになります。

 

なお、日本からは今回のマスターズに4人出場したが、成績は次の通りです。松山英樹32位タイ・金谷(アマ)58位・小平61位・今平予選落。

長かった、苦難の道だった。

トレードマークである赤と黒の勝負ウェアが、オーガスタナショナルのターフに痛いほど映えた。

 

18番ホールで短いボギーパットを沈め、13アンダー。空白にも逆境にもめげず、強いウッズがオーガスタに帰ってきた瞬間であった。

 

マスターズの公式インスタグラムでは、優勝直後に10歳の長男チャーリー君を抱き寄せる瞬間が映像で流された。

 

そして22年前の初優勝時に父のアール・ウッズさんと本人が抱擁するシーンを回想する動画が続いた。

 

この動画は世界中のゴルフファンを感動させたようだ。

3打差の中に上位11人がひしめくような大混戦を抜け出しての逆転Vである。

 

かつての絶対的王者は43歳になって、2008年全英オープン以来のメジャー通算15勝目、米ツアー通算81勝目を手にした。

 

今回の優勝で大活躍したのは、テーラーメイドの8番アイアンだったようだ。

特に最終日は使う頻度が多かったようで、本人が満足そうに笑った。

 

「今日は8番アイアンだったね。何回使った?(笑)」

大会を通じてNO1だったパーオン率に8番アイアンは大きく寄与したのだ。

 

タイガーウッズの躓きは2008年に遡る。

その年の4月、マスターズで2位にはなったが、前年に痛めた左膝の手術に踏みきった。

競技への影響が心配されたが、しかし復帰戦の全米オープンで優勝を飾るのであった。

 

けれどもロッコ・メディエートとの稀に見る死闘は72ホールで決着がつかず、18ホールのプレーオフに突入。サドンデスを加えるとなんと合計19ホールもの戦いとなったのだ。

 

必死に足を引きずりながらプレーするウッズの姿は、ゴルフファン、選手、関係者に感動を与えた。

だが、やはりと言うべきか、この代償は大きすぎた。

 

再び左膝にメスを入れることになり、残り試合を欠場することになったのだが、影響はそれだけにとどまらなかった。

プロゴルファーの命ともいうべきスイングに、大きな影響を与えることになってしまうのだ。

 

悪いことは続くものである、同時にプライベートでも躓きは重なるのであった。

2009年に長男のチャーリーくんが誕生するが、秋には不倫が発覚。

 

妻のエリンさんと言い争いをし、鎮痛剤の影響で朦朧とした意識まま運転し自損事故を起こして、無期限のツアー欠場を表明することとなった。

 

過剰な鎮痛剤服用によるうつろな目に無精ひげ、TV画面に映ったあまりにも変わり果てたターガーの姿に全米がショックを受けた。

 

2010年のマスターズで復帰を果たしたが、エリンさんとはその直後に離婚。

その後はコーチを代えてスイング改造に取り組み、コンビを組むキャディも変えて、PGAツアーに臨み勝利することもあったが、往年のターガーの輝きには遠かった。

 

故障が再発し、何とタイガー・ウッズは4度の手術を受けていたのだ。

歩くのがままならない時期もあったようだ。

 

2016年のヒーローワールドチャレンジで何とか4日間プレーすることはできたが、翌2017年1月のファーマーズインシュランスオープンで1年5カ月ぶりにツアーへの復帰を果たすも、予選落ちの後に戦線離脱を表明する事態に。

 

そのような状況であったから、今年のマスターズも出場も危ぶまれていたのだ。

しかし、タイガー・ウッズはメジャー制覇を果たした。

 

タイガーは息子、チャーリーくんの言葉に発奮した。

「今好きなスポーツ選手は、サッカーのメッシ。

だって彼は実際にプレーしているからね」

 

チャーリーは、父が実際にプレーする姿を一度も見たことがなかったのです。

彼は、パパのプレーはUチューブでしか見たことがない、とも言った。

 

その言葉を糧にウッズは這い上がったのです。

どん底から立ち直り、マスターズ5度目の勝利を飾ったのである。

 

息子チャーリーも、強い父の姿をまざまざと目に焼き付けたことだろう。

来年の東京オリンピック出場の夢は膨らむ

 

:タイガーウッズは現在、交通事故による怪我で自宅療養中です。

したがって、東京オリンピックへの出場は絶望的状況です。

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タイガー・ウッズが日本で伝説をつくった!

2019年10月28日、大雨の影響でサスペンデッドとなっていた7ホールをプレーし、最終ラウンドのスコアが67で通算19アンダー。

 

終わってみれば、初日から一度もトップを譲ることのない完全優勝だ。

日本でタイガー・ウッズの伝説が生まれた瞬間だった。

 

「長い1週間だったね。

ヒデキがチャージしたのと私のミスもあり接戦になった。

82勝は凄い大きな数字だと思う」

 

「サム・スニードは50代で達成したが、私は42歳で到達できてとても幸運だった。

海外で達成できたのは驚きだが、今週の結果を踏まえ未来が明るくなった」

 

サム・スニード(Sam Snead)は1912年5月27日、アメリカ合衆国バージニア州で生まれた。

対してエルドリック・タイガー・ウッズ(Eldrick Tiger Woods)は、 1975年12月30日アメリカ合衆国カリフォルニア州生まれで、二人には63歳もの年齢差がある。

 

誰しも二人が一緒にラウンドしたことはおろか、接点さえないと思うのが当然だろう。

しかしである、ウッズ5歳の時に一緒の組でラウンドしていたと言うから驚きである。

 

スニードがウッズにサインしている写真が残っていて、ウッズ自身ハッキリとラウンドのことを記憶しているとのことだ。

 

何という縁、何という出会いだろう。

この事実一つを見ても、タイガー・ウッズはまさしくゴルフの申し子である。

 

したがって、タイガーはゴルフを心から愛し、いつだって関係者に対するリスペクトと感謝を忘れない。

この大会でもその精神が変わることはなかった。

 

「皆さんには本当に感謝している。

ここ数日は雨の影響が大変で、被害に遭われた方も大勢いるが、皆さんの努力でこうしてこのイベントを迎えられた。

心からありがとうを伝えたい」

 

タイガーはいつもの優勝インタビューのように大会関係者に感謝を表すことを忘れず、よどみなく答えた。

「また来年日本に戻ってきたい」

とも言った。

 

これには大きな意味が含まれている。

霞ヶ関カンツリー倶楽で開催される東京オリンピックの出場を目指すという、度重なる宣言だと受け取れるのだ。

 

この1勝でオリンピックランキングは大きく上昇する。

タイガー・ウッズが日本の伝統コース、霞ヶ関カンツリー倶楽部でオリンピック選手として活躍する確率がかなり高くなった。

 

日本中のゴルフファンとオリンピックファンには、堪らない朗報が届くことだろう。

松山英樹選手もこの大会で2位に入り、日本代表の座をさらに固いものとした。

 

来年、2020年7月30日~8月2日のオリンピック競技中、タイガーと松山が同じ組でラウンドし、二人が同じグリーン上でパターを握りしめる姿を見ることができたなら、日本のゴルファにはこれはもう至極と言う他ない。

 

もしそれが最終日、最終組で実現したなら、日本中が興奮のるつぼとなってしまうこと間違いなしだ。

そんな歴史的な一ページは永遠にゴルファ達の記憶に刻まれ、世界中をニュースとして駆け巡ることになるだろう。

 

この大会で残念ながら松山英樹はPGA6勝目はならなかったが、タイガー・ウッズと初日から最終日まで優勝争いを演じたことで、大いに自信を取り戻したのではないだろうか。

 

ウッズ、松山ともに2020年東京オリンピックでの活躍へ期待は膨らむばかりである。

松山は目の前で、しかも日本で目撃したウッズの82勝について

「とてつもない数字だ。

普通の人には理解不能ですね」

 

「悔しいけど、これでまたタイガーは来年も来てくれるんじゃないですかね」

と称賛し、来年以降の出場を願い日本トッププロとしての自覚を見せてくれた。

 

松山自身については、

「状態はよくなかったけど、ギャラリーの応援のおかげでショットがブレずに済んだ。

そういう応援を普段からしてもらっていると思って、今後も頑張りたい」

 

この辺りのコメントを聞いていると松山は変わった。

数年前とは比較にならないプロゴルファーとしての自覚、そしてトッププレイヤーとしての責任が芽生えてきたのだろう。

 

また、この日の6ホールを振り返り

「残り6ホールで1個しか伸ばせない時点でチャンスはない。

ウッズはスコアを落とさないなと思っていた。

もう少し伸ばして終わりたかったのですが、うまくいかず残念です」

 

日本初開催のPGAツアーについてもしっかりと語った。

「2日目に大雨が降った中でたくさんのギャラリーが来てくれました。

関係者によるコース整備も素晴らしかったですね」

 

松山は米ツアーで苦労を重ね、一回りも二回りも大人になったようだ。

タイガー・ウッズの新記録樹立と松山英樹のPGA6勝目、さてどちらが先か目を離せない。