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霞ヶ関CCでのオリンピック開催に反対する奴はもっと勉強しろ!

ゴルフ オリンピック

何だかよくわからないゴルフ団体や国会議員、評論家そして当事者である森喜朗組織委員長や倉本プロまでが一時は、霞ヶ関カンツリー俱楽部でのオリンピックゴルフ競技開催に反対しました。

 

三流評論家や陣笠議員など論外だが、組織委員長やゴルフ強化委員ともなれば発言のあまりの軽さに驚くばかりだ。

 

すべては勉強不足から発せられたものだが、その後まったく悪びれることなくオリンピックに関係し続ける図太さには舌を巻くしかない。

 

世の中、こういう人が出世する。

人間、鈍感力と鶏のように三歩進んだら忘れる力が大事だ。

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東京オリンピック ゴルフ会場が若洲リンクスから霞ヶ関カンツリー俱楽部に変更された真相とは?

2016年ころ、東京オリンピック ゴルフ会場若洲リンクスから霞ヶ関カンツリー俱楽部に変更されたのは、利権絡みであるとの論調で一部週刊誌やネット上で取り上げられたことがあります。

 

日本で2回目の夏の五輪が開催さることが決定した時期や、霞ヶ関カンツリー俱楽部が東京オリンピック ゴルフ会場に決定した時期をおさらいして見ましょう。

 

2020 東京オリンピックの開催は2013年9月7日(現地時間)にアルゼンチンの首都のブエノスアイレスで行われた第125次IOC総会 で、トルコのイスタンブール、スペインの首都であるマドリードを抑えて決定されました。

 

同年の秋には霞ヶ関カンツリー俱楽部が東京オリンピックのゴルフ会場として決定しています。

日本ゴルフ協会も加盟している国際ゴルフ連盟・IGFの調査・選考の結果を受けての事です。

 

この経緯を振り返ると若洲リンクスが、東京オリンピックのゴルフ会場に決定していた事実がないのは明らかです。

JOCが五輪招致の公約に『若洲Gリンクスで五輪競技』を掲げたとも考えられません。

 

なぜなら、2016年五輪でゴルフが正式種目として採用されることになったのは、開催地がリオデジャネイロに決まった後だったからです。

 

つまり、2016年五輪招致の段階ではIOCからゴルフ競技会場のリストアップは求められていないので、提出しているはずもありません。

 

この点については、多くのスポーツジャーナリストやゴルフ評論家と称する人たちが勘違いしているようです。

 

利権絡みの逆転劇などと言う話は、一体どこから火の手が上がったのでしょうか。

事実関係を時系列的に追っていくと次のような議論や問題提起があったことは事実です。

 

ジャーナリストの大宅映子氏を会長とする、ゴルファーやの有識者で作る「日本ゴルフ改革会議」は、霞ヶ関カンツリー俱楽部を選定したプロセスの説明が全く不十分であると主張しました。

そのうえで、同倶楽部の選手村候補地からのアクセスの悪さなどを指摘し、他の競技会場や有明の選手村とも近く、誰もがプレー可能なパブリックコースである、若洲Gリンクスを開催地として再考するよう声明を発表したのです。

さらにそれ以前、日本プロ協会会長でプロゴルファーの倉本昌弘が、2014年10月14日号の「週刊GOLFダイジェスト」誌上で、ゴミ埋立跡地での開催というエコロジー性を挙げながら、若洲リンクス開催の利点を述べていた事実もあります。

しかし倉本氏はその後、IOCが要望している条件と若洲リンクスのコース規模があまりにも違うので開催は無理だと発言を取り消しています

 

上記を見てわかる通り、若洲リンクス推薦派はIOCやIGFの規約や要望を全く考慮せずに、主張や発言しているに過ぎません。

 

五輪のゴルフ会場決定権はIGFが持っています。

IGF(国際ゴルフ連盟)の決定に対して、よほどのことがない限りIOCが覆すようなことはしません。

利権構造主張組を勢いづかせたと言うか感情を逆なでしたのは、いわゆる慶応4人組による三田会・会報誌上での対談でした。

 

対談でこの4人は自分たちの力によって、霞ヶ関カンツリー俱楽部へ競技を引っ張ってきた、と自慢し合っていたと言うのです。

 

その4人とは、JOC会長の竹田 恆和氏、日本GOLF協会専務理事の永田圭司氏、2020東京五輪組織委員会理事・元電通国際本部長の高橋治之氏、日本GOLF協会常務理事・2020東京準備委員会副委員長の戸張捷氏である。

 

彼ら4人に共通しているのは、慶応大学出身霞ヶ関カンツリー俱楽部の正会員である点です。

利権追求側にも先ほど述べたようにかなりの矛盾があり、例の4人組も世間の話題になったことで大人しくなったために、この問題はいつしか急激にトーンダウンしたようです。

 

これで霞が関カンツリー俱楽部も東京オリンピック ゴル会場として、準備に専念できるというモノです。

のちに取り消したとは言え、若洲リンクス推薦派にプロゴルファーの倉本がいたことが意外でした。

 

若洲は確かに有明のすぐ近くで、東京都内でもありますから霞よりは立地としては適しているでしょう。

 

しかし、18ホール全長6,881ヤードでホールとホールを分ける林が薄くて狭い。

敷地面積は45万平米で約55万平米の名古屋G倶楽部和合コースより小さい。

 

練習場もドライビングレンジが200ヤードの20打席で二階建て。

世界から選りすぐられたプロを芝生のない、2階席で練習させるつもりだったのでしょうか。

 

200ヤードの打ち放しでは、男子プロや飛距離の出る女子プロにはドライバーショットの曲がり具合の調整は難しいでしょう。

かなりのギャラリーが予想される中、あの狭いホール間の人の移動や観戦に安全を保てるか。

 

かつて、昭和も終わろうとするころ、名古屋ゴルフ倶楽部和合コースで行われた中日クラウンズにアメリカのジャック・ニクラウスが出場し、最終日2万人を超えるギャラリーが押しかけました。

 

この試合の直後、私は当時の和合コースの小林支配人(故人)と二人で、クラブハウス中二階の屋根裏部屋で話をしました。

 

「毎年こんな状態が続けば、クラウンズの中止を真剣に理事会に進言しなければならない。

4日間で数万人が競技見物に押しかけ、狭いラフを踏みつけるから後のメンテナンスが大変で費用が馬鹿にならない。

 

何よりも危ないのはここの倶楽部はホール間が狭くて、ギャラリーの安全対策がもう危機的状況なんだよ」

 

キャディからのたたき上げで、苦労人の小林支配人がギャラリーの安全を心配する目は、真剣そのものでした。

 

その後、ニクラウスの来日もなくAON(青木功・尾崎将司・中嶋常幸)の力も峠を越えて、男子プロの観客動員数が落ちていったのでそのような心配もなくなりましたが、五輪会場となると状況は一変します。

 

しかも、IOCの規約ではGOLF競技は36ホールの施設でと決められているのです。

 

 

その点、東京オリンピック ゴルフ会場に正式決定した、霞ヶ関カンツリー俱楽部なら問題はありません。

 

36ホール、東コース全長7,466ヤード、西コース全長7,117ヤードでドライビングレンジも250ヤードで、20人以上同時に打てます。

 

アプローチの練習所もゆったりとしています。

有明の選手村から遠いことと暑さが懸念材料として残りますが、これから対策が本格化するでしょう。

 

レガシーを取り上げて、霞ヶ関カンツリー俱楽部反対を叫ぶ人もいましたが、その人たちは若洲リンクスならIOCの掲げるレガシーに合致するとしています。

 

レガシーとは、簡単に言えば五輪で使用された競技施設などが、後々まで一般市民に利用され続けること。

 

確かに霞ヶ関カンツリー俱楽部は、五輪後に一般開放される可能性なないでしょう。

しかし一方、若洲リンクスはもうすでに一般ゴルファーはみんな知る存在です。

 

五輪の前も後も、庶民のリンクスであることには変わりありません。

オリンピックのレガシーとは、オリンピックのために造られた施設が大会終了後も、市民に広く愛され利用され続けることではないのでしょうか。

 

平成2年オープンですでに30年近くの歳月を経たGリンクスを、今さら五輪のレガシーと言われてもなんですねえー。