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太平洋クラブ・御殿場コースと太平洋マスターズのこれを知っていましたか?

太平洋クラブ・御殿場 ゴルフ名門コース

多くの歴史あるゴルフ場はメンバーとともに歴史を刻むが、太平洋クラブ御殿場コースはちょっと異色だ。

 

男子ゴルフトーナメント『太平洋マスターズ』とともに歩み成長し、世に認められたゴルフ場と言えるだろう。

 

そしてまた、太平洋クラブ・御殿場コースと太平洋マスターズは、加藤俊輔というゴルフ場デザイナーの異才を世に送り出した。

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太平洋マスターズ開催の太平洋C・御殿場コースは国際水準コースだ!

太平洋クラブ・御殿場コース

太平洋クラブ・御殿場コースは昭和52(1972)年4月26に開場した。

一方、太平洋マスターズは昭和47(1968)年と、その5年前に第1回が開催されている。

 

第5回大会までは総武CC総武コースでの開催だった。

総武コースも負けず劣らずの素晴らしいコースだが時代背景の違いもあり、太平洋マスターズと言えば、やはり御殿場コースだ。

 

今では太平洋マスターズが総武カントリークラブ総武コースで開催されていたことを記憶している人は少ないだろう。

 

さて、御殿場コースにはトーナメントで、ドラマが生まれるホールがいくつもある。

太平洋クラブ御殿場コースは設計段階から太平洋マスターズ開催を意図し、ドラマが生れるように造成されたのだと言う。

 

プレーしてみると分かるが、テレビ画面に映ることのほぼないインコースもなかなか手強く、素晴らしい戦略性を意図したホールが多い。

 

御殿場コースの太平洋マスターズで、特にドラマチックなのが17番、228ヤード:パー3だ。

最終組がこのホールのプレーを終えるまで勝者が分からない、と言っても良いほどの難ホール。

 

17番は大きな池越えで打下しのパー3。

プロゴルファーにとって池を越えるのは難しい事ではないが、グリーン手前の深い大きなバンカーがプレッシャーを与える。

 

その先の縦長で傾斜が厳しいグリーンも面倒だ。

ティグラウンドからはグリーンを塞ぐように見える大きなバンカーによって、グリーンの前部分が広く使えないことでスコアを崩す選手が多く、トーナメントの結果に影響を及ぼすのだ。

 

ちなみにこのホールにはティグランドから見て左側にもう一つグリーンがある。

設計者が米国の名門コース18番ホールをイメージしたという形の良い難グリーンだが、残念ながら今は使われることがほぼないようだ。

 

大池に逆さ富士が映る景色は、右グリーンの方が絵になるからだ。

やはり御殿場のゴルフ場では富士山を無視することはできないのだ。

 

設計者はそれを承知で17番の右グリーンに、戦略的且つドラマチックな命を吹き込んだのであろう。

自然と人間の駆け引きであり、折り合いでもある。

 

そして18番:517ヤード・パー5。

ストレートに測定すると400ヤードと短く、左右を雑木林が囲む。

 

フェアウェイは決して広くない。

グリーン右手前に150ヤードを超える長い池が、選手の放ったボールを待ち構える。

 

最後にドラマが起きることを期待して池とグリーンの両サイドは、芝生のギャラリースタンドになるように設計、造成されている。

 

開場当初は300ヤード地点、左の林近くに小さなバンカーが1個だけあってイージーなパー5でバーディー、イーグルが続出した。

 

これを見て「太平洋マスターズの時はパー4にしたらどうか?」の声が多く上がった。

改良を重ね、現在はフェアウェイ両サイドにバンカーを配置している。

 

特に左サイドの大きなバンカーが効いている。

スプーンで刻むか、バンカー越えでイーグルチャンスを狙うか、選手の選択が興味を引く。

 

つまり、このホールのドラマチックとはイーグルで一発逆転を狙えることだ。

ツーオンを狙ったショットが右に出て、池ポチャも多い。

 

しかし、グリー近くの水深は浅く、水中のボールを直接打てるケースが多々見られる。

一日で必ず何人かいる水切りショットも、ギャラリーを大いに楽しませるのだ。

 

大改造を行いパー70になった太平洋クラブ御殿場コースは、間違いなく国際基準に達したトーナメントコースだ。

 

太平洋マスターズの歴代優勝者は実に国際色豊かで、彼らは口をそろえてコースの素晴らしさを讃える。

 

歴代優勝者を見ると国際色豊かなだけではなく、実力者揃いであることも一目瞭然だ。

太平洋マスターズが初めて御殿場コースで開催された第6回大会の優勝者は、アメリカのビル・ロジャースだ。

 

日本ではおなじみの選手で、オールドファンには懐かしい名前ですね。

他には同じアメリカ勢で、ギル・モーガン、スコット・ホークなどがいる。

 

オーストラリア人が活躍した大会でもあります。

これまたオールドファンには懐かしいグラハム・マーシュ、そして世界のゴルフ界に一時代を築いたグレッグ・ノーマンも名を連ねている。

 

ノーマンはジャンボ尾崎との死闘を制して優勝を飾っています。

優勝インタビューで何度も『ジャンボ』の名を出していたのが、印象に残っている。

 

スペイン組では一時はジャックニクラウスをして「マスターズの優勝回数で私を抜く可能性がある」とまで言わしめた故セベ・バレステロスとホセ・マリア・オラサバルが優勝を飾っている。

 

他に北アイルランドのダレン・クラーク、イングランドではリー・ウエストウッドがただ一人、大会3連覇を成し遂げている。

 

日本ではジャンボ尾崎(1回目は総武コース開催)と中島常幸が3回の優勝を飾り、片山晋呉、井沢利光、石川遼、松山英樹など、その時代を代表する選手が名を連ねている。

 

さて、今年は18番グリーン上で優勝トロフィーを高々と掲げるのは誰か?

興味は尽きませんね。

太平洋クラブ御殿場コースの設計者・加藤俊輔はどんな人?

JFE瀬戸内海ゴルフ倶楽部

加藤俊輔設計・JFE瀬戸内海ゴルフ倶楽部

 

加藤俊輔はゴルフ場設計の名匠だ。

昭和8(1933)年、東京に生れる。

 

日本大学工学部で設計を学び、熊谷組へ入社。

熊谷組が手がけた多くのゴルフ場で造成、建設の実地を経験しつつ、設計と造成技術を学んだ。

 

昭和49(1974)年、太平洋クラブに設計部長として転出。

太平洋倶楽部の6コースを設計する。

 

昭和60(1985)年には『加藤インターナショナル・デザイン』を設立して独立。

『自然との共存・協調、自然から得たものは自然に返す』を生涯のポリシーとした。

 

自然と地域風土を生かしながらの『スコットランド憧憬』リンクス・スタイル設計が高く評価され、その名は全国のゴルフ関係者に浸透した。

 

設計コースは70を越え、昭和50(1975)年~平成5(1993)年頃にかけ、ゴルフ場設計に一時代を築いた。

 

平成5(1993)年、中心となって『日本ゴルフコース設計者協会』を設立し、自ら初代会長に就任。

2018年4月没・享年85歳。

 

加藤俊輔氏が設計したゴルフ場では、太平洋クラブ・御殿場コースの他、岡山県の『JFE瀬戸内海ゴルフ倶楽部』~全英への道~ミズノオープンで有名だ。

 

『北海道ゴルフ倶楽部・苫小牧コース』千葉県の『ミルフィーユゴルフクラブ』『ザ・カントリークラブジャパン』茨城県の 『ザ・ゴルフクラブ竜ヶ崎』も名コースとして名高い。