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相模カンツリー倶楽部の歴史と東京ゴルフ倶楽部にはアクセスをめぐる因縁が!

ゴルフ名門コース

歴史とは不思議でもあり、皮肉でもある。

アクセス抜群の相模カンツリー俱楽部。

 

実はこの場所、交通の便の悪さを理由に東京ゴルフ倶楽部が見捨てた土地だったことを、あなたは知っていましたか?

 

最初の計画通り、東京ゴルフ倶楽部が世田谷の駒沢から中央林間駅北口に移転していたら、相模カンツリー俱楽部は誕生していなかったのです。

 

東京ゴルフ倶楽部はなぜ、このアクセス抜群の地を不便だと言って却下したのか?

その理由や相模カンツリー俱楽部の歴史を詳しく見ていきましょう。

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相模カンツリー俱楽部の歴史は『自動車族以外』の会員募集から始まった?!

歴史の古いゴルフ場を調べていると戦前の財界を中心に、ゴルフ場開発にかける男たちの熱意がひしひひしと伝わってきます。

 

昭和40年代から平成のバブル崩壊までに見られた、金もうけのためのゴルフ場開発とは全く違って、彼らは心からゴルフをしたかった、仲間と一緒にプレーするコースが欲しかったのです。

 

相模カンツリー俱楽部もそんな男たちが注いだ情熱によって、歴史の幕が切って落とされたのでした。

そして、彼らは実に発想豊かで行動力も抜群だった。

 

相模カンツリー倶楽部は開発が本格的に決まった昭和5年、100円で会員募集を開始した。

銀行員の初任給が70円の時代だった。

これに月賦が付いたからサラリーマンが買い求めて、たちまち定員が埋まる大盛況となりました。

 

募集要項が実に面白いのだ。

会員資格として『自動車族以外』と書かれていた。

これは安月給のサラリーマン向けと言う意味ではありません。

 

東京ゴルフ倶楽部への皮肉が込められていたのです。

昭和4年4月1日、小田急電鉄の江ノ島線が開通すると同時に『中央林間都市』として、150万坪の広大な分譲住宅地が売りに出されました。

 

その一角にはゴルフ場建設の構想も含まれていた。

当時からアメリカではゴルフ場付き分譲住宅地はごく当たり前のことで、小田急電鉄はそれに倣ったのです。

 

この話を聞き付け小躍りしたのが東京ゴルフ倶楽部だった。

東京の一等地である世田谷駒沢にあり、借地料値上げに悩まされ、目の色を変えて移転先を探していた。

 

しかしである、現地を調査した結果、東京ゴルフ倶楽部は土地購入を却下してしまう。

理由は、今ではあり得ない「車で行くには便利が悪い。遠くて時間がかかる」からだった。

 

東京ゴルフ倶楽部は皇族、貴族、財閥がメンバーの大半を占めていた。

これはもう、例外なく運転手付きの自家用車族だった。

 

駒沢から移転する条件は「東京駅から車で1時間以内」。

しかし、当時の中央林間は高速道は勿論のこと国道204号線もなく、車だと東京駅から2時間もかかっていた。

 

今なら東名高速道路、横浜町田ICから約 5 ㎞で、東京駅から40分もあれば十分だ。

電車利用なら小田急江ノ島線と東急田園都市線の『中央林間駅 』からタクシーで7、8分、1000円以内だから本当にアクセス抜群のコース。

 

小田急江ノ島線『中央林間駅 』があるのだから「電車族なら文句はないだろう」。

そう考えた者たちがいた。

 

ゴルフ場候補地は平坦な原野で土質は富士山噴火の火山灰推積地である、いわゆる関東ローム層。

地下水脈があり、近くには川も沼もある。

芝生の育成には文句のつけようがない。

 

この土地にどうしてもゴルフ場を造りたいと熱意を燃やす者たちがいた。

明治の元勲伊藤博文の次男、伊藤文吉男爵やゴルフ場に詳しい白石多士良氏、小田急電鉄の池邊稲生氏ら7人が発起人となりクラブ開設に動いたのです。

 

小田急電鉄の経営一族が加われば話は速かった。

元々ゴルフ場用地として売り出した土地である、小田急本社の協力が得られて開発が決まった。

 

この顛末が募集要項に反映されて『自動車族以外』になったのです。

昭和初期と言えばアメリカ発の世界大恐慌や世情不安定な戦争前夜を想起させますが、そればかりではありません。

 

思った以上に自由があり、人々は発想も行動も生き生きとしていたようですね。

相模カンツリー俱楽部の開発一つとってみても、ウエットに富み反骨精神にあふれた人々の存在が浮かび上がってきます。

 

そうした人たちの奮闘により相模カンツリー俱楽部は、1931年(昭和6年)9月27日に9ホールでの仮オープンを果たしている。

 

1933年(昭和8年)7月16日には18ホールが完成し正式開場開場となりました。

社団法人の認可が下りたのは、1936年(昭和11年)4月のことでした。

 

アマチュアで唯一プロを抑えて日本オープンゴルフ選手権に優勝し、ゴルフ界の偉人と称えられる赤星六郎氏が設計した。

 

彼が遺したゴルフ場は後に造成された千葉県の名門、我孫子ゴルフ倶楽部と相模カンツリー俱楽部の2コースだけだった。

 

赤星四郎氏は相模カンツリー俱楽部の平坦な地形に変化を持たせるため、18ホールに当時としては多い66個のバンカーを配置した。

 

オープン当初は「難しすぎる」と評判になったようだ。

ちなみに現在は100以上のバンカーが配置されています。

 

平坦とは言え18万坪しかない敷地だ、設計者は言う。

「敷地が狭いから距離の長いホールはとれない。その代わりに飽きのこないコースを造るよ」

「幾何学的でなく芸術的なものに理想をこめた」とも述べている。

 

昭和の60年代、相模カンツリー俱楽部の休日を借り切って開催された、ゴルフ場の情報専門誌を発行する『一季出版』のコンペに参加したことがあります。

 

確かに狭いけれど、実に巧みに設計されていると感心してしまいましたね。

スライサーには優しく、フッカーには厳しいコースのように記憶しています。

 

当時でもすでにコースから周囲を眺めると、マンションの高層階部分が見えていました。

しかし、コース内には車の騒音などは一切聞こえない静けさが満ちていました。

 

クラブハウスが昭和40年築の木造で館内は田舎の古い旅館を彷彿させる雰囲気でしたね。

廊下は油の敷いた板張りだったのが、とても印象的でした。

 

小金井カントリー倶楽部も建て替える前のクラブハウスは木造平屋でしたが、もう少しモダンな感じがありました。

 

ただ、風呂はどちらも狭かったですね。

脱衣所も湯船も昔の銭湯をもっと狭くしたような感じで、先輩メンバー同士が湯船で話をしていると後輩やビジターは遠慮がちにそっと入ってすぐに上がっていました。

 

両コースとも都市部の住宅街にありアクセスに恵まれていますが、狭い敷地に実に巧みに18ホールが配置されています。

 

距離が短くとも決してやさしくはありません。

小さくて傾斜のあるグリーンと深いガードバンカー。

花道が真正面にあるホールばかりではないので、アプローチは本当に難しい。

 

小金井カントリー倶楽部は更に狭い約15万坪ですが、樹木の大きさと数では相模カンツリー俱楽部をしのいでいて小さな森に展開するコース。

 

相模カンツリー俱楽部は狭いが開放的な印象のコースでしたが、樹木が成長して今はどうなっているのでしょうか。

もう一度、プレーしてみたいものです。

相模カンツリー俱楽部のアクセスとドレスコードは?

相模カンツリー俱楽部へのアクセス

【相模カンツリー俱楽部へ電車で行く】

小田急線中央林間北口よりクラブバスが出ています。

 

・小田急線を利用する

新宿方面から小田急片瀬江ノ島線を利用の場合は乗り換えなしで中央林間駅下車。

新宿から快速急行で35分、急行で42分。

小田急小田原線をご利用の場合は、相模大野駅にて片瀬江ノ島線に乗り換え、中央林間駅下車。

 

・東急線をご利用の方

渋谷方面から東急田園都市線を利用の場合は、終点 中央林間駅下車。

渋谷から急行で34分、各駅停車で52分。

 

○クラブバスは小田急線北口改札を出たところから、7:00より11:45まで約10分間隔で随時運行しています。

下記の図を参考にしてください。

【相模カンツリー俱楽部へ車で行く】

・東名高速利用

東名高速道路『横浜・町田IC』を降り、八王子方面へ。

そのまま国道16号線を直進し、国道246号線との交差点(東名入り口交差点)を通過後、約2.0km、左手に見える『うかい亭』の看板に沿って左車線側道を上がる。

(直進してトンネル方向ではダメです)

『TOWA』の看板に沿って左へUターンし、1つ目の交差点「つきみ野」を右折。

道なりに進むと、約2.0kmで小田急線踏切を渡る。

左手に小田急中央林間駅を見て、そのまま直進してコースへ。

 

・八王子方面から

国道16号線で相模大野の陸橋(矢口陸橋)を越え、さらに横浜方面へ。

左手に『大正堂』が見えたらすぐに左車線側道へ。

(直進してトンネル方向へ行ってはダメ)

道路案内板『大和市街』に進み、2つ目の交差点『つきみ野』を右折する。

道なりに進むと、約2.0kmで小田急線踏切を渡る。

左手に小田急中央林間駅を見て、そのまま直進してコースへ。

 

【相模カンツリー俱楽部の周辺地図】

相模カンツリー俱楽部のドレスコードは?

相模カンツリー俱楽部が推奨するプレー時の服装

相模カンツリー倶楽部にふさわしい服装を心掛けましょう。

 

・来場時と倶楽部ハウスでは上着を着用

ジャケットやブレザーなどの着用が義務付けられています。

ただし、6月~9月は任意。

ブルゾンやジャンパーでは入場できません。

 

・ズボンはショートパンツなど、丈の短いズボンでの来場もできません。

 

・靴については革靴で来場すること

スニーカー形状の物、運動靴、サンダル、ミュール、スリッパ、ゴルフシューズ、男性の素足での来場はやめてください。

 

・その他

帽子、サングラス、防寒着、雨具、日焼け防止用アームカバーは食堂では外して下さい。

【共通】

・シャツ

襟と袖のあるシャツを着用して下さい。

Tシャツ、トレーナー、フード付、タンクトップ、折り返しのない立ち襟の着用はダメ。

(折り返した襟の高さが4㎝以上あるハイネックと、女性の襟付ノースリーブは着用できます)

華美な模様や飾りの付いた物、迷彩柄や極彩色の物など、著しく人目を引く服装をしない。

 

裾はズボンの中に入れて下さい(ただし女性は除く)。

 

・ズボン、スカート

デニム素材、ジーンズ仕立、迷彩柄や極彩色の物、カーゴパンツ、ホットパンツ、極端に短いスカート、スパッツ、レギンス、レッグウオーマーの着用はダメ。

ショートパンツは、膝上までの物を。

 

【コースと練習場】

靴下はショートパンツの場合は、膝下までのハイソックスか、踝が隠れる白いアンクルソックスを着用。

・ゴルフシューズ

ソフトスパイクシューズか、スパイクレスシューズをご使用する。

金属鋲のスパイクは使用禁止です。

 

・その他

半袖の下に長袖が見える重ね着はダメ。

日焼け防止用アームカバーは着用できますが、食堂では外して下さい。

タオルを腰や肩からさげることは厳禁。

 

相模カンツリー俱楽部で禁止されている服装

:ドレスコードについては相模カンツリー俱楽部のホームページより抜粋いております。

相模カンツリー俱楽部の会員権と入会に必要な金額及びゲスト料金

相模カンツリー俱楽部の入会条件と会員権価格は?

相模カンツリー俱楽部の会員権は譲渡できません。

したがって、市場から会員権を取得してメンバーになることはできません。

メンバーになるチャンスは、欠員が出来て補充募集する場合のみになります。

 

なお、補充募集の金額は下記の通りです。

2020年より改訂されています。

 

・正会員            1,500万円(税別)+600万円(預託金)=2,100万円

・平日会員・土曜プレー可  700万円(税別)+400万円(預託金)=1,100万円

・年会費 正会員 19万8千円(税込み)

 

入会条件 ・年齢35歳以上

・原則他コース所属

・正会員2名の保証人(内1名は5年以上在籍)

 

メンバー数

・正会員  708名

・平日会員 423名

・週日会員 72名

 

*平日会員は火曜日から土曜日、週日会員は火曜日から金曜までの会員

相模カンツリー俱楽部のゲスト料金

相模カンツリー俱楽部のゲスト料金は下記のようになっています。

【一般ゲスト】

週 日 28,290円
土曜・日曜・祝祭日 34,890円

 

【家族ゲスト】

週 日28,290円

土曜・日曜・祝祭日 34,890円

週日に行われる3組以上のコンペは、一人24,990円となります。

1.5ラウンドのときは、0.5ラウンド分のキャディ・フィが追加されます。

 

上記金額には食事代以外のすべてが含まれます。

・週日とは火曜日から金曜日となります。

但し、祝日を除きます。

 

・家族ゲストとはメンバーの家族を指します。

 

・週日にゲストのみでプレーが出来る『会員紹介制度』もありますので、詳しくはコースにお尋ねください。

 

「天候に関わらず、ゴルフの約束をした日には必ず相模へ行き、顔を合わせてからプレーの判断をする」

相模カンツリー俱楽部は、そのような伝統ある慣習を大事にしています。

詳しくはメンバー及びコースへお尋ねください。